練習編その1 自宅→東京駅→川崎駅

 2005年4月29日から5月2日

●4月29日(金曜日)晴れ
 散歩がてらに新宿で飯でも食うかと思い立ち、東へと向かう。たいした疲労を感じずに着いてしまった。
 飯を食ったが、ものたりないのでさらに東へ。
 武道館を経由して東京駅に到着。
 ここまで来たのだからついでにと、秋葉原駅まで足をのばす。別に買い物するわけではないけれど。
 駅前の大通りは歩行者天国になっていた。
 とりあえず終点は『げんしけん』でお世話になった『とらのあな』の前にした。
 歩行距離25q。長い散歩だなあ。
 戻って仕事をする。

●4月30日(土曜日)晴れ
 仕事前に長い散歩の続き。
 はたして2日連続20q以上歩けるかどうかチャレンジする。
 せっかくだから連続性を持たせるために東京駅を出発し川崎駅まで。
 途中、蒲田で道草する。
 蒲田は21歳の時に新聞奨学生として東京に来て、はじめて住んだ土地だ。
 専売所は元の場所にあったが、住んでいたアパートは取り壊され、別な建物が建っていた。少々残念な気分だ。まあ四半世紀経っているので無理はないか。

 多摩川に架かる六郷橋を渡って対岸の神奈川県へ。
 初めて歩いて県境を越えるのでちょっと感激。
 ほどなく川崎駅に到着。これなら時間がとれれば三浦半島を回って鎌倉あたりまではいけるんじゃないか。
 歩行距離約22.5q。
 戻って仕事をする。

●5月1日(日曜日)
 会社まで歩く。
 歩行距離約7q。
 今年の初めに携帯GPSを買っていらい散歩づいている。こいつを使えば自分の歩いたところを地図上に表示できるのだ。
 仕事場でノートパソコンを開き、日に日に伸びてゆく軌跡を眺めていると、後ろから進行に声をかけられた。
「地図を見ながら何をしてるんすか?」
 はい、ニヤニヤしてますよ。
 変ですか? 変ですよね。
 自分でも分かってるんですよ! でも楽しいんですよ!

●5月2日(月曜日)
 お仕事前に散歩。
 歩行距離約14q。


練習編その2 川崎駅→磯子駅

2005年5月3日から5月4日

●5月3日(火曜日)晴れ
 ひさしぶりに長い散歩の再開じゃあ。
 川崎駅に行き横浜目指して出発。
 途中、ふと横を見ると小さな石碑があった。何だろうと近寄ってみると、生麦事件碑だった。
 事件のあった当時は畑の中の一本道だったらしいが、今は住宅密集地。時の流れを感じるなあ。

 横浜に来るのは車で通りがかったのを別にすれば、学生時代に映画のロケハンに来て以来だからおおよそ25年ぶりだ。
 変わったなあ。どでかいビルがあちこちに建っている。
 山下公園に行ってみるか。
 やけに人が多いと思ったら、そうだよ今日は休日だよ。
 アニメの仕事をやっているとゴールデンウィークなんて関係ないもんなあ。
 山下公園の通りではブラスバンドの行進をやっているため、人でいっぱいだ。進もうにも進めやしない。仕方がないので山下公園の見学はあきらめる。
 はずれた通りを進んでゆくと丘が見えてきた。港の見える丘公園だ。懐かしいなあ。
 長い階段を登って展望台から港を眺めてみる。
 なんだよこれは。港なんか見えないじゃん。これじゃあベイブリッジが見える丘公園ですよ。
 それでも景色は良いので高台の道を進んでゆく。
 途中でアベックから「シャッターを押してもらえませんか」と撮影を頼まれた。
 もちろん快諾し、精一杯レイアウトを決めてシャッターを押す。
 お幸せにお二人さん。

 坂を下り首都高湾岸線に沿って磯子へ向かう。海岸線を歩きたいのだが、この辺は工業地帯で中には入れないみたいだ。残念。
 高速道路の下を歩いていると日が当たらなくて快適である。そのせいかやたらとホームレスの仮設住宅(ブルーシートや段ボールで作ったアレね)が目につく。そうだよな天井があるから雨が降っても大丈夫だもんなあ。
 仕事があるため余力を残して磯子駅で散歩を終了。
 歩行距離約26q。

●5月4日(水曜日)
 休足日。
 絵コンテ終了。同時に無職になってしまう。
 次の仕事が決まるまで、明日から長い散歩に出かけるとする。野宿だってするつもりだ。
 光と水のダフネのシリーズ構成をやっていた水上清資さんより電話があった。6日にダフネの飲み会があるとのこと。楽しみである。


本番編その1 磯子駅→馬堀海岸→三崎口駅

2005年5月5日から5月6日

●5月5日(木曜日)晴れ
 昨日は会社に泊まって、早朝に帰宅。
 装備を選びザックに詰め込む。なんだかわくわくするぞ。
 前回の続き、磯子駅から歩き始める。
 今回は野宿を想定し本格的な装備を用意した。かなり軽量化したつもりでもザック込みで12sになってしまった。背負うとベルトがけっこう肩に食い込んでくる。
 昔の登山家は30s以上の装備を背負っていたそうだが大したものである。
 ともあれ歩く。目標は横須賀。
 日差しが強いので水分補給に注意することにする。それでもスタート時間が遅かったので八景島シーパラダイスあたりで日が暮れてしまった。
 それでも歩く。歩く。

 左に見える三角形の建物が八景島シーパラダイス

 横須賀が近づくにつれやけにトンネルが多くなる。夜のトンネルはなんか嫌だな。
 横須賀に入ると急に華やかになった。駅や繁華街付近には外国人の姿が多く見られる。そのほとんどがアメリカ軍人なのだろう。
 酔っぱらいが多そうなのでこのあたりで野宿をするのはやめることにした。
 デニーズで夜飯を食べ、地図を見ながら本日の野宿場所を検討する。馬堀海岸あたりに見当をつける。
 で、馬堀海岸に来たのだけれどなかなか良さそうな場所がない。海岸の端の方までたどり着いたところで野宿を決意。堤防脇を走る道の歩道上だけどしかたがない。前方の観音崎はなんか街灯も少なそうで暗いし、何しろ疲れてしまった。
 シートを広げ三脚の上にツェルトをかぶせて設営終了。
 中にエアマットを敷いて仰向けに寝てみる。寝心地はそんなに悪くない。
 ただ初めての野宿ということもあり緊張と興奮でなかなか寝付けない。普段なら仕事場の机だろうが床の上だろうが寝具もなしに寝られるのになあ。やっぱ野宿は別物なのか?
 しかたがないので堤防に腰かけ夜の海を眺めながら1時間ほど過ごす。対岸の千葉県の明かりがとても美しい。
 午前1時になってやっと床へ。
 歩行距離約29q。


 歩道に三脚を支柱にして作ったツェルト

●5月6日(金曜日)薄曇り→雨
 ときたま横を通りすぎる車の音を子守歌代わりにうとうとしていたら、風にはためくツェルトの音で目が覚めてしまった。
 荷物の置き方や寝方を変えたりしたがツェルトのはためきは止まらない。
 眠れないので表に出てみたが、風はそれほどでもなかった。この程度の風でこうなるとはツェルトではだめだな、テントを持ってくれば良かったと激しく後悔した。
 時計を見ると午前四時前。
 眠れそうにもないので出発を決意する。
 荷物を詰めたザックを担いで歩き始める。

 馬堀海岸通りから観音崎方面の道に入ると急に街灯が少なくなった。
 見知らぬ土地を夜歩くっていうのはなかなか怖い。
 寝静まった田舎町の歩道を進んでいると、向こうの方からなにやらコツコツと音がする。何だろうと見てみたが暗くてよく分からない。音は確実にこっちに向かってくる。いったい何だ?
 その音の正体は、杖をつきながらよたよたと歩くじいさんだった。
 ちょっと待ってください。午前四時ですよ。早朝のウォーキングですか? ていうかまだ夜中ですから。あたりは真っ暗ですから。それにその格好。ウォーキングする格好じゃないでしょう。どうみても部屋着じゃないですか。ひょっとして徘徊ですか? だとしたら別な意味で怖いんですけど。頼むから僕に向かって奇声をあげたりしないでくださいね。
 謎の老人が横を通り過ぎ、杖の音が聞こえなくなるまで緊張のしっぱなしだった。ふう。

 てなことがあって観音崎に到着。
 岬の先端に出る遊歩道があるみたいだが、まだ暗いので危険と判断して浦賀方面へ向かう。
 あれ、右足の裏が痛い。マメでもできたか? できたとしたら陸上競技をやっていた高校時代以来だ。うーむ三十年ぶりだな。
 トンネルの出口でシートを広げ休憩。靴下を脱いで足裏を見るとマメが三カ所にできていた。いいまでの散歩ではこんなことはなかったのに。やっぱり荷物の重みのせいなのかしら?
 傷テープで簡単な治療をして出発。うーん、やっぱり痛い。

 浦賀、久里浜と歩を進める。
 ペリーの黒船来航の時には江戸から大勢の野次馬がここまで来たそうである。すげえな野次馬。
 ひたすら海沿いの道を進む。足が痛い。たまんねーな。
 横須賀火力発電所の敷地でちょっとの間海とお別れ。しばし歩くと金田湾に出た。
 うわっ、なんだこりゃ。
 湾曲した海岸線の向こうが霞むまで続いているじゃあないですか。まだあんなに歩かなきゃならないのかよ。
 でも進んだりする。足が痛い。

 野比の手前でダウン。
 海辺に公園があり手頃なベンチがあったので仮眠をとることにする。
 エアマットのおかげで堅いベンチも柔らかなベッドに早変わりだ。
 ザックを枕にお休みなさい。

 2時間後、携帯電話の着信音で目が覚める。
 相手は前述の水上氏。本日の飲み会の場所が決定した由。水上氏本人は家族サービスのため本日は欠席するとのこと。家族持ちはつらいよね。合掌。また別の機会に飲みましょう。

 電車の終点である三崎口駅を目指すことにして、出発。
 足が痛い。
 三浦海岸は長い。
 天気は怪しい。
 雨具を持っているから平気だけど、やっぱり降らないに越したことはない。

 本格的に降り出す直前に三崎口駅に滑り込む。
 とにかく足が痛い一日だった。
 歩行距離約22q。

 電車を乗り継ぎ自宅に帰り、風呂に入り2時間ほど仮眠をとって新宿へ。体力が持つのか俺?
 ダフネのスタッフ・キャストで飲むのは打ち上げ以来だから約10ヶ月ぶりだなあ。もうそんなにたったのか……。
 集まったのは男子五人女子三人。無職二人に有職六人。
 店は『茶茶花』といい。こぢんまりとした入り口だが中は思いのほか広い。
 照明もこっており、なんだか隠れ家っぽいムードの漂う店だった。
 酒を飲みつつ談笑。
 皆元気そうで何より。
 きっとまたどこかでお会いしましょう。
 光と水のダフネは楽しい仕事でした。ホントに。

本番編その2 三浦海岸駅→三崎口駅付近→鎌倉


●5月8日(日曜日)薄曇り
 足の痛みがややおさまったので長い散歩を再開。
 起きたのが遅いのと準備に手間取り出発が遅れたので、今回のスタート地点である三浦海岸駅へ到着したのは午後4時くらいになってしまった。
 荷物を減らしザックを軽いものに変え、靴もスポーツサンダルにしたので歩行は軽快だ。
 本日は三浦半島西端部先の制覇が目標。
 できるだけ海岸線を行くつもりだったが、岬の手前に進入禁止の看板が。なんてこったい。
 仕方がないので内陸部へと進路を変える。
 途中で海岸線に降りられそうな道を見つけて進んでみるが、農道らしく周りは人気のない畑と雑木林ばかりになってしまった。心細くなりながらうねうねとした道を進んでいると海岸に出た。砂浜ではなく岩場になっている。行けるところまで行ってみようと岩場を上り下りしながら、道無き道を跋渉する。勘弁してくださいよ。俺は散歩に来たのであって、探検とか冒険に来たわけじゃないんですから。こんなことになるんだったらトレッキングシューズを履いてくれば良かったなあ、などとちょっと後悔。
 30分ほど進みふと空を見上げると、空が暗くなり始めている。こんなところで夜になってしまったらにっちもさっちも行かなくなるので、海岸線を進むのを断念し内陸への道へ路線を変更。
 小さな漁村に出たところで日暮れてしまった。
 こんなこともあろうかと用意しておいたヘッドランプを装着し前進。
 田舎道は街灯も少なく暗いので怖いっす。
 そのうちに右足が痛くなってきた。やっぱりまだ治ってなかったのね。
 どこか手頃な休憩場所はないかと探していたら、行く手にライトアップされた風力発電施設が見えてきた。あそこで休もうっと。

 風力発電機の下は小さな公園になっていた。
 夜空をバックに緩やかに回る大きな羽根を見上げながら30分ほど休憩し前進再開。
 しばらく歩いていると街灯すらない真っ暗な道になった。明かりといえば足下を照らす小さなヘッドランプだけだ。
 怖い。なんか怖いよ。なんだかこの世に自分一人だけになったみたいな気分だ。こんなところで変なものが出てきたらどうしよう。武器になりそうなものは右手に持った傘くらいだ。てなことを考えていたら暗闇の向こうから足音がする。またかよ。目をこらして見ていると道の反対側をやって来るのはジーパンにトレーナーを着た若い女(たぶん……)。帰宅途中なのか? でも住宅地はかなり遠いぞ。こんな何もない場所に何で? 怖い。怖いよお姉さん。俺はホラー映画とか怪談話はからっきしダメなんですよ。アニメの演出なんて仕事をしているから、参考のために見ることは見ますよ。でも、しかたなくですよ。『リング』とか『呪怨』とか見ましたよ。でも一人だけじゃ絶対見ないんですよ。あーどんどん近づいてくる。俺、顔は見ないからね。はやく通り過ぎて行ってくださいよ。俺に声なんかかけないでくださいよ、お願いだから。ふう、やっと通り過ぎてくれた。あ、まてよ、もし彼女がいきなり立ち止まったり、髪を振り乱してこちらに突進してきたらどうしよう……。
 俺は背中に全神経を集中し向こうの気配を探りながら先を急いだのであった。もちろん後ろなんか振り向きませんよ。
 ああ、夜はダメだな。変なことばかり考えてしまう。もう二度と夜になんか歩くもんか。

 怖い思いをしたおかげで足の痛みは忘れることができだが、安心すると思い出してしまう。
 城ヶ島大橋を渡りきったところにライトアップされた場所があったので休憩。
 さてこれからどうしたものかとしばし思案する。
 城ヶ島島内一週は暗いのでパスするとして、細かいことはこの辺でファミレスにでも入って考えようと結論し三崎口駅方面へ向かう。

 行けども行けどもファミレスがねえ! どうなってんだこの土地は。
 足の痛みが限界に近づいた頃に『安楽亭』を発見。わーい焼き肉だあ。現在無職の俺にとって痛い出費だが、体力をつけないといかんよなあ。うん。
 二人前を注文しタバコを一服。
 幸せなひとときを味わいつつ、肉が来るまでの間にGPSのデーターを確認しようと思ったら、軌跡ログが全く記録されていないことに気づいて愕然となる。
 この気分をたとえて言うなら、徹夜で書きあげたシナリオをパソコンに保存し忘れたくらいのショックですよ水上さん。
 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、俺の馬鹿。
 肉が来たけど味なんてしませんよ。全部食べたけど。

 1時間以上すねた上にだらけてから出発。
 今日の野宿は三崎口駅を過ぎたところにしよう。
 駅から2qほど進んだところに手頃な空き地を発見。さっそく前回懲りたツェルトのかわりに持ってきたテントを広げる。このテントを張るのはこれがはじめてだ。一人でうまく出来るかしらと思っていたら、わりと簡単に張れてしまった。最近のテントってすごいのね。
 とっとと荷物を中に入れエアマットの上に寝転がる。
 気が張っているせいかなかなか眠れない。それでも二時くらいにはうつらうつらと寝入ってしまったようだ。
 本日の歩行距離は約24q。

●5月9日(月曜日)晴れ
 朝、原付のエンジン音と甲高い叫び声で目が覚めた。
 時計を見ると5時前だ。
 何だろうと思いテントの外に出ると、3人乗りのスクーターが二台で前の道を行ったり来たりしながら暴走している。
 まあ、こっちの姿はむこうの視野に入っていないみたいなので嫌がらせの暴走ではないのだろうけど、勘弁してくださいよ。
 運転しているのは両方とも中学生くらいの男の子、荷台に乗っているのは同じく中学生くらいの女の子だ。
 これがまた楽しそうなんだ。
 男の子がスクーターを蛇行させると、後ろの女の子たちがきゃーきゃーと悲鳴をあげる。その声を聞いて、男の子はさらに調子に乗ってスピードを上げる。こういう時の男子の気持ちは分からんでもない。
 よくこけねえな。あんまり無茶すんなよ少年。
 すっかり目が覚めてしまったので出発を決意。素早くテントをたたんで荷造りし、歩き始める。
 まだ薄暗い134号線を北上する。足裏の痛みは若干和らいではいるが、身体がだるい。寝不足だもんな。 ああ、そうだ! テントを張った場所の撮影を忘れていた。今さら戻ってテントを張り直す気力はないのでそのまま歩き続けることにする。水樹マイアのように過去はふり返らず未来を見すえるのだ。

 うう、足が痛い。マメのできた右足をかばって歩いているウチに、左足までおかしくなってきた。
 途中こまめに休憩を入れ、コンビニで朝食を仕入れたりしながら自衛隊駐屯地の横を通過。ひたすら鎌倉を目指す。
 今回用意した装備で持ってきて良かったなあと思ったのが、クレイジークリーク製の『ザ・チェア』だ。
 いわゆる携帯座椅子で座り心地は抜群。私は家でも使っているくらいだ。なんたって脚を伸ばして背もたれられるのがいい。欠点は座り心地が良すぎるので休憩時間が長くなってしまうことだ。
 秋谷というところでは海岸の堤防の上で小休止のつもりが、ザ・チェアのおかげで小一時間も停滞してしまった。景色が良かったせいもあるけどね。


 これがクレイジークリーク製の『ザ・チェア』


 これが秋谷の海岸 画面下に私のつま先が見える。

 さらに歩き続けて葉山町に入る。
 ううう、足が痛い。足が痛い。もう一歩も歩けない、ということはないが百歩は無理な感じだ。
 これは何とかしなければならんなあ。
 地図で休憩場所を探してみると、葉山御用邸を過ぎたところに葉山しおさい公園という表記があった。公園なら木陰のベンチくらいあるだろう。ヤッホー、仮眠がとれるぜ。
 というわけで、痛い足にむち打ってペースを上げる。がんばれ俺。負けるな足。
 御用邸の横を通過すると樹木がこんもりと茂った場所が見えてきた。やった、公園だ。
 やっとの思いでたどり着いた葉山しおさい公園の入り口は堅く門扉が閉ざされ、そこには一枚の看板が、

『休園日 月曜・祝日の翌日』

「………………」
 時が止まり風景が白くなる。

 いつまでも固まっているわけにもいかないので、足を引きずりとりあえず北に向かって移動する。
 公園の脇に変な路地発見。狭い。緩やかに曲がりながら下っている。なんかいい感じ。
 やった、海に出た。目の前には広々とした砂浜が広がっている。人もほとんどいない。
 よっしゃ、ここで仮眠をとろう。おあつらえ向きに石垣の下が日陰になっている。
 素早くシートとエアマットを広げて横になる。
 うー楽だー。気持ちいいー。
 穏やかな波の音を聞きながらうとうと……。お休みなさい……。


 これがお休みなさいセット。エアマットが抜群の寝心地。


 寝たのはこんな場所

 1時間後。
 暑い。熱い。あちいー。
 真っ昼間の直射日光を浴びて汗だくになって目が覚める。まだ眠いんだってばよー。寝かしてくれよ太陽さんよー。
 場所を移動する気力がないので大きな傘を広げて日陰を作ってそのまま寝入る。

 1時間後になんとなく目が覚める。
 身体はまだだるい感じがするがいつまでもここにいてもしょうがないので出発を決意。足の痛みは取れたようだ。
 だが歩き出して数分もしないうちに足の痛みがぶり返す。
 痛い。痛い。痛い。
 あーもうこれはダメかもしれないなあなどと思っていたら、真名瀬の岬の端に出たところで江ノ島が見えた。
 遙か彼方にかすんではいるが、江ノ島といえば鎌倉の先の土地。鎌倉はもうすぐじゃないですか。
 足の痛みは限界に近くなってきたけど、行ったろうじゃないの鎌倉まで。
 気力を奮い立たせて前進。以前より休憩を細かく入れてとにかく前へ進む。


 画面中央左にうっすらと見えるのが江ノ島

 逗子に入ってロイヤルホスト発見。ここで昼食兼大休止。
 あっという間にランチを平らげ、窓外の海岸を眺めつつ食後のアイスコーヒーを飲みながら過ごす。
 ウインドサーファーやジェットスキーで遊んでいる若者が結構いる。平日だというのに優雅じゃのう。彼らはいったい何の仕事をしているのかしら。プロなんかな?

 1時間半ほどで休憩を終え、出発。この辺まで来ると車の往来が結構激しいなあ。
 地図で見ると鎌倉までは残すところ5キロを切っているはずなので小一時間も歩けば到着するはずだ。
 目の前に見える岬の山を越えれば鎌倉だ。鎌倉といえば鶴岡八幡宮だな。せっかくだからお参りしておこう、などと考えつつ歩いていると歩道を通せんぼするように鉄パイプが組まれている。これは通行禁止と言うことなのか? 普通はそういうことなのだろうけど、それを意味するような看板がないのをいいことに鉄パイプをまたいで前進する。行き止まりになっていたら戻ればいいだろう。今の俺を止められるやつは誰もいないのだ。
 しばし行くとトンネルがあった。歩道はあるのか? 無いけど側溝にかぶせられたフタが車道より一段高くなっているので歩道のように見えないこともない。いや、これは歩道だ。歩道なのだ。俺にはそう見える。
 トンネルの中はうるさいのお。自分は右側を歩いていたので、車は正面から接近してくる。しかも近い。トラックなんぞが来るとすげえ緊張してしまう。
 三百メートルくらいでトンネルをぬけると緩やかな登りになっていた。で、車道すれすれまでフェンスがあるじゃないですか。さすがの俺にも歩道なんて見えませんよ。やっぱりここは車専用道路なのか。
 引き返そうかとも考えたが、ここまで来て戻るなんてもったいないという貧乏性の心の声が、行け、進めと俺にささやく。
 その声に背中を押され、まあ何とかなるだろうと楽天的な気分で前へ進むことにする。いや、なんとかなってくださいよホントに。
 すぐ脇を車がびゅんびゅんと通りすぎる。これではねられでもしたらシャレになんねーなー。事故にあったら知り合いには──いい歳して馬鹿なことを──とか言われるんだろうなあ。はい、馬鹿ですよ。
 登りのてっぺんで今来た道をふり返ってみる。これはどこからどう見ても車専用道路だ。この道を歩いてくるやつがいたとしたらアホだよなあ。はいアホですよ。
 もうひとつトンネルを通過してやっと本物の歩道へ避難。うー、生きているって素晴らしい。
 後で地図を確認してみたら1qちょっとしかなかった道だけど、すごく長時間に感じられた道のりでした、はい。この区間だけは疲労も足の痛みも感じなかったもんなあ。

 緊張がすっかり解けるとがっぽりと足の痛みが蘇ってきた。なんか前より痛いんですけど。
 でも、あと少しだと言い聞かせ、傘を杖代わりにとにかく進む。
 由比ヶ浜沿いの道をほぼ直角に曲がればまっすぐ正面に鶴岡八幡宮があるはずだ。よっしゃあ、一気にお参りだあ!
 で、曲がると、遠い、遠いよ鶴岡八幡宮。
 2qぐらいあるんじゃねえの? 
 一気に気力が萎えて、ベンチで休止。
 まっすぐ歩いていると気が滅入るので、気分を変えるために鎌倉駅側に入って小町通りを進むことにする。
 狭い通りに観光客がいっぱいだ。そのほとんどが若い女性のグループか中高年の夫婦連れ。一人で歩いているのは外国人と俺くらいか。

 観光客気分で紫芋のソフトクリームを購入し、なめながら鶴岡八幡宮の境内へ。こちらは修学旅行の中学生でいっぱいだ。
 奥へ奥へと歩いてゆくと突き当たりに本堂への長い急な階段があった。この階段が鎌倉幕府三代目将軍の暗殺現場のはずだ。ここで刺されたとしたらきっと下まで転げ落ちたのだろうな、などと考えつつ本堂へ。
 賽銭箱に五円玉を放り込んで手を合わせる。
 無事ここまでたどり着きました。次の散歩も無事でありますよう見守っていてくださいませ。
 お参りを終えて帰宅するため鎌倉駅に向かう。日差しはすでに夕方のそれだ。
 今回歩いたのは約24q。距離の割にはけっこうきつい散歩だったなあ。



 三代目将軍暗殺現場


 疲労困憊のワシ 観光客に撮影してもらった

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