フィルムメモリー

 かつて携わった作品を紹介します。一言コメントを徐々に付けてゆきます。

撮影時代その1(東京アニメーションフィルム)
撮影時代その2(スタジオぎゃろっぷ)
演助・演出時代(アウベック)
撮影時代その3(高橋プロ)
フリー演出時代
 
1989年
 1990年
 1991年
 1992年
 1993年 
 1994年
 1995年
 1996年 NEW!

撮影時代その1(東京アニメーションフィルム)★はタイトルに名前あり

 東京アニメーションフィルムに入社したのは1981年の5月6日。ゴールデンウイークの連休明けだった。
 4月末から5月頭の間に入社試験を受け、二度にわたって面接を受けた。1度目の面接は会社の先輩で2度目は社長だった。ちなみにこの先輩というのが大地丙太郎氏で、今思えば不思議な縁を感じる。
 入社する前の撮影所のイメージは、タオルを首に掛けたランニングシャツ姿の怖いおっちゃんが大勢いて、右も左も分からない新人を怒鳴り飛ばしてこき使っている──というもので、入社試験のために訪れた会社のインターホンのボタンを押す時には大いに緊張したものである。
 ところが迎えに出てきたのは若い女性。なんだか拍子抜けして、案内されるまま室内に入ってみると、おっちゃんと思える人は二・三人くらいで、みんな自分と同じくらいの年齢で、三分の一くらいが女性だった。
 入社前は5年はカメラに触らせてもらえないんじゃないかと思っていたが、そんなこともなく、約3ヶ月間撮影助手として研修を受け、その後徐々に撮影をさせてもらえるようになった。
 ギターを覚えようと悪戦苦闘してみたり、初めてタバコを吸ってみたのもこの頃の出来事。
 元々演出志望だったため約1年1ヶ月在籍後、演出の道を探して退社する。

1981年

名犬ジョリィ
 ピレネー犬が主役の名作モノ。助手のみで撮影はしていない。撮影はすぐに他社に移ってしまったので付き合いは短かった。

怪物くん
 野沢雅子氏の歌う「カーイカイカイ」が今でも頭にこびりついて離れない。

ドラえもん
 説明不要の長寿番組。ブラック・ライトというアイテムが出る話数で、演出から黒い透過光を指示されて困惑したのも良い思い出。

まんがことわざ事典
 すいません、あんまり印象に残っていません。すいません。

おじゃまんが山田君
 これにはゴキブリが集団で踊りながらスライドするワイプがあったのだが、撮影シートがやたら複雑で助手をやっていて何度も間違い、オペレーターの先輩に叱られた。このワイプをやることが決まった日には一日中暗い気分でいたモノである。

忍者ハットリくん
 テレビに初めて自分の名前が出た作品。放送前には実家や友達に電話しまくったものさ。

ドラえもん・ぼく桃太郎のなんなのさ(劇場)
 劇場作品だが長編ではなく中編。そのせいか歴代ドラえもん映画からは外されていることが多い不遇な作品。

21エモン・宇宙にいらっしゃい(劇場)
 楽しい作品だったと言うことは覚えているが、内容はほとんど覚えていない。

1982年

ゲームセンターあらし
 ファミコンブームのほんのちょっと前に放送された作品。もう少し時期がずれてファミコンを題材にすれば大ヒットしたかもしれない。

怪物くん・デーモンの剣(劇場)
 うう……内容を思い出せない……。

ドラえもん・のび太の大魔境(劇場)
 助手をしていてダブラシのT・Bでハンドルの回転を間違え、ついそのまましらばっくれてしまった。翌日にラッシュがあがるまで後悔のあまり苦悶の一夜を過ごしたものである。それ以来、間違った時はその場で申告するようになった。で、あがってきたラッシュは全く問題が見つからず心の中で胸をなで下ろしたものだ。くわばらくわばら。

★忍者ハットリくん・ニンニン忍法絵日記(劇場)
 初めて劇場作品に名前を載せてもらい、それは嬉しかったのだが何故か内容は全然覚えていない。

撮影時代その2(スタジオぎゃろっぷ)★はタイトルに名前あり

 東京アニメーションフィルムを退社後、十ヶ月ほどバイト生活。造園業・工事現場のガードマンなどガテンな仕事をやる。演出の道を探ってはみたものの全く見つからずくさっていたら、東京アニメからスタジオぎゃろっぷに移籍していた先輩が声をかけてくれ、その縁で入社する。ああ、先輩はありがたい。
 東京アニメで撮影の基本編を学んだとすれば、ぎゃろっぷでは応用編を学んだという感じ。ここではタックやぴえろの作品を多く撮影していた。色々なタイプの作品に関わることが出来て後の肥やしになったと思う。
 若い会社でほとんどが年下だった。この会社で初めて後輩が出来る。野球の強い会社で面接の時に社長に聞かれたのは撮影のキャリアではなく、「野球出来る?」だった。後で後輩に聞いたら、そいつは入社試験の時にグローブを持参して先輩とキャッチボールを行い、肩の良さを買われて合格したそうな。ちなみにその後輩も私も野球は下手である。
 撮影に使うガラス板を1時間で三枚割ってしまったのもよい思い出。
 3年強ほど在籍し、演出の道を探して退社する。

1982年

うる星やつら
 ギャロップに入社して最初に撮影した話数は藤波竜之介が友引高校に転向してくる話だった。
 うる星は作画や演出が楽しんで作っている感じがして撮影してて楽しかったです。

1983年

太陽の子エステバン
 ぎゃろっぷに入社してすぐに番組が終わってしまったのであんまり印象に残っていません。

パーマン
 小学生の時に前作(白黒)を観ていてファンだった。まさか大人になってカラー版を撮影することになるとは。

ときめきトゥナイト
 おしゃれな感じのするコメディでした。

ナイン(スペシャル)
 あだち充のマンガが好きだったので気合いを入れて撮影した記憶がある。

まいっちんぐマチコ先生
「いやーん、まいっちんぐ」なお話。今は放送できないだろうなあ。当時もPTAがうるさかったみたいだし。
 確か最終回のラストカットを撮影したような気がする。

スプーンおばさん 
 ていねいに作ってあった気がする。雰囲気が好きでした。

ナイン2(スペシャル)
 前作と同じく気合いを入れて撮影した。あだち充のマンガの中でこの「ナイン」が一番好きなんですよ。

魔法の天使クリィーミーマミ
 スタジオぴえろ初の魔法少女もの。スタッフとして関わった作品の中でも好きなもののひとつ。
 第1話での主人公の第一声「わたし森沢優」の微妙な一声に仰け反った記憶がある。

伊賀のカバ丸
 バカっぽくて楽しかったです。

DALLOSダロス(OVA)
 世界初のビデオオリジナルアニメーション。
 77年にホームビデオを購入した時に、いずれこういう企画のアニメーションが作られるのだろうなあと思っていたら、まさか自分が撮影するとは。

1984年

ナイン3(スペシャル)
 前述したので省略。

チックンタックン
 ギャロップ初の自社制作。
 放送前に社内で視聴率トトカルチョをやった。結果は一番低い数字を指定したやつが当選。贈呈式がシラケ渡った(笑)。
 そんなにつまらない作品だとは思わないのだが。
 ドクターベル役の千葉繁氏が怪演している。

名探偵ホームズ
 宮崎駿氏演出の一本でリテークになったカットをひとつだけ撮影したら、それが再リテークになりがっかり……。このカットが唯一の宮崎作品との接触。

魔法の妖精ペルシャ
 変身前の方が愛嬌があって良いキャラクターだと思うのだが……。

夢戦士ウィングマン
 お手伝いで一本だけやった。

バギ(スペシャル)
 お手伝いで少しだけ撮影した二十四時間テレビの手塚アニメ。
 スケジュールが押していて、放送日当日(放送は朝10時)に撮影。朝4時のラボ入れ後、仲間とだべってから朝食をとり自宅に帰ってテレビをつけたら、ついさっき撮影したカットが放送されていたという伝説的作品。

ルパン三世PARTV
 少しだけしか撮影していないので印象は薄い。

おしん(劇場)
 こんなのもあったなあ。内容はよく覚えていない。

うる星やつら2・ビューティフル・ドリーマー(劇場)
 押井守氏が名をあげたうる星やつらの劇場版。
 ワンカットが長く絵が暗かったので撮影的には地味で面倒な技術が要求されてとにかく大変だった。あまりの内容の濃さに撮影スタッフはかなりブーたれていたのだが、最初のラッシュがあがってきたのを見たとたん雰囲気は一変。誰も文句をたれることなく黙々と作業するようになった。やっぱ力のある映像ってすごいよな。
 私は面堂の足元に水たまりが広がるシーンや外の水飲み場でみんなが歯を磨いているシーンなどを撮影した。自分に力が無く歯がゆい思いをしたのを覚えている。

★カッくんカフェ(劇場)
 当時ロッキード事件で話題になっていた元首相田中角栄が主役のギャグアニメ。
 何らかの理由により公開を一年ずらす事になり時事ネタとして時機を逸したのが残念。

★魔法の天使クリィーミーマミ・永遠のワンスモア(OVA)
 ラストカットの優のアップを撮影しました。

1985年

キャプテン翼
 一本だけお手伝い。雨中のサッカーシーンだったので雨セルのダブラシばかりだった。

幻夢戦記レダ(OVA)
 美少女ファンタジーもの。絵がとても綺麗だったのを覚えている。

カムイの剣(劇場・手伝い)
 角川の冒険アニメ。お手伝いで少しだけ撮影する。話は好きなのだが、尺が短くてもったいないと思った。

エリア88(OVA)
 世界のジェット戦闘機が勢揃いで暴れ回る空戦アニメ。FOLLOWとスライディングのオンパレードで撮影は結構面倒だった。

ダーティーペア
 ユリとケイのお騒がせコンビが活躍するスペース・オペラ。可愛いキャラだったので楽しんで撮影してました。

天使のたまご(OVA)
 押井守監督のOVA。画面が真っ暗でワンカットが長いという撮影泣かせの作品(笑)。なんで画面が暗いと撮影泣かせなのかというと、白っぽい画面では目立たないゴミが、恐ろしく目立つから。セルを替えるたびに丹念にゴミを取らなければならないのだよ。だから時間がかかるのだ。

忍者戦士飛影(手伝い)
 これも一本だけのお手伝い。初めてロボットものを撮影した。内容は残念ながら覚えていない。

うる星やつら3(劇場)リメンバー・マイ・ラヴ
 2の時には力足らずで悔しい思いをしたので、一年間研鑽し手ぐすね引いて待ちかまえていたら、意外に撮影の内容が軽く拍子抜けした。

ごんぎつね(劇場)
 泣ける話。きつねが可愛い。

銀河鉄道の夜(劇場)
 画面も話も暗かった。ていねいに作られている印象の一本。

魔法のスターマジカルエミ
 初めて撮影チーフをやらせてもらった作品(偶数話数のみ)。でもワンクール終了後、他社に撮影が移ってしまった。

タッチ
 あだち充原作の説明不要の名作。タッちゃんと南がファーストキスをするカットを撮影したのを覚えている。

ハイスクール!奇面組
 退社前にほんのわずかだけ撮影した。

11ぴきのねことあほうどり(劇場)
 馬場のぼる氏の絵が独特の雰囲気を醸し出している。

演助・演出時代(アウベック)★はタイトルに名前あり

 演出への道を模索してあちこちに当たりを付けていたら、東京アニメーションフィルム時代の先輩がここアウベックを紹介してくれた。先輩とはありがたいものである。
 約1年間の演助時代を経てやっとこさ念願だった演出にしてもらったのだが、ここでつまずく。脳内にある理想と現実が一致せず大いに悩んで、結局挫折。3年ほど在籍して退社する。
 げんしけんの総作監木下裕孝と出会ったのもここ。他にもムトウユージ、うえだしげる、牛草健、即座誠、吉田俊司、久保秀巳、小川博司などの諸氏が在籍していた。制作に在籍していた人たちも後にプロデューサーや社長になった方が多い。後の仕事ではここでの人脈が生きることになる。
 主に合作作品をやっていた会社で、演出になってからは韓国・ソウルへ頻繁に出張したのもよい思い出。1988年のソウル五輪の前のことである。なにしろ初めての海外だったのでその印象は強烈だった。渡韓2日目に換金詐欺にあったのもよい思い出(笑)。

シルバーホークス(演助)
 鳥類を模したヒーローたちが活躍する合作アニメ。合作は英語の台詞との口パク合わせが大変だった。

スターソルジャーの秘密(劇場)
 スターソルジャーというファミコンゲームを題材にした劇場作品。演助をやった。
 同時上映として当時子供たちに大人気だった高橋名人と毛利名人のスターソルジャー対決の実写がついていた。この撮影現場にお邪魔して見学させてもらったことがある。撮影会場は大勢のお子さんが来場しており、異様な熱気に包まれていたのだが、なんと高橋名人が3連敗。場内に微妙な空気が漂った。

タイガーシャークス(演出デビュー作)
 合作作品。理想と現実に折り合いがつかず、挫折のきっかけとなった作品。まあ簡単に言うと、腕がないのに己を過信しすぎていたってことです。

サンダーキャッツ(演出)
 合作作品。タイガーシャークスと一緒で苦い思い出しかありません。今こうやって書いているだけでも当時を思い出して切なくなってくる。嗚呼……。

撮影時代その3(高橋プロ)★はタイトルに名前あり

 煮詰まった頭を冷やすため移籍先を探していた時にギャロップ時代の後輩に紹介されて入社。ああ、後輩もありがたい。
 高橋プロは社長が出崎統監督と仕事がしたいために設立した撮影会社。そのため出崎監督の作品のほとんどを撮影している。
 ここでは他社には見られない独自の撮影方法を学んだ。
 後の「あずまんが大王」の監督錦織博氏と出会ったのもここ。
 10ヶ月ほど在籍し、フリーの演出となったため退職。
 
1988年

おそ松くん
 赤塚不二夫原作のギャグもの。小学生時代に白黒版を見ていてファンだった。まさか大人になって(以下略)。

レポーターブルース
 確かイタリアとの合作もの。内容はよく覚えていない。

チップとデールの大作戦
 リスのキャラクターが可愛い合作もの。

くまのプーさん
 説明不要のキャラクター。合作もの。

1989年

華星夜曲(OVA)
 出崎統監督のOVA。確か戦前が舞台になっていたはずだ。撮影が大変だったが楽しんで仕事が出来た。
 
ルパン三世・バイバイリバティー(スペシャル)
 ルパン三世テレビスペシャルの第一作。出崎統監督。
 かなり前から考えていた「スモーク・ボックス」という材料を使った撮影を試してみたが、効果はそこそこ。まだ一考を要する出来だった。

おそ松くん・スイカの星からこんにちはザンス!(劇場)
 おそ松くんの劇場。撮影作業は劇場作品だけにそこそこ大変だったような気がする。

GOレスラー軍団
 ビックリマン人気の陰に隠れ、なんとなしに印象は薄い。

それゆけ!あんぱんマン・キラキラ星のなみだ(劇場)
 ああ、こんなのも撮影していたなあ。

フリー演出時代(★は監督作品)

 高橋プロで撮影を続けていたら、ギャロップ時代の後輩がコンテ込みの演出仕事を紹介してくれた。ああ、本当に後輩はありがたい。
 コンテは以前描いたことがなかったが、そんなことは聞かれもしなかったので言わずに仕事を受けた。これ以来、フリー演出としての活動が始まる。

1989年

桃太郎伝説
 初めて絵コンテをやった作品。放送日は1989/12/18。
 ファミコンゲームでも有名だった桃伝をアニメ化。内容はゲームとはかなり違う。
 初コンテ作品だったのでかなり力んで仕事をしたが、前半はかなり空回りをしてしまった。シナリオにはないギャグを監督に許可をもらって挿入し楽しみながら作業させてもらった。ギャグに関して言えば私の原点的作品。登場キャラの「オニヒメ」と「つる」が思い出深い。両者とも声優はクレヨンしんちゃんで風間君を演じている真柴摩利さん。

にこにこぷん
 NHKのアニメーション。絵コンテのみ1本だけ担当している。

まんがはじめて物語
 十五分で動画枚数400枚の制限があった教育的アニメーション。それなりに楽しませてもらった。
 私の担当回で動画枚数250枚で出来てしまった話数があり、おっかなびっくりの体で編集に行ったら、「今日のは動いていて面白いですね」と元請けの担当の方に言われてホッとしたことがある。

1990年

新桃太郎伝説
 桃太郎伝説の続編。前に比べてややシリアスな展開になっている。私の担当話数はラス前を除けばほとんどがギャグ。旧作のゲストキャラ「つる」を自分の担当話数では勝手にレギュラーキャラにさせてもらった。すいません。

1991年

おばけのホーリー
 絵コンテのみ2・3本やっている。キャラが可愛らしい。

少年アシベ
 初めてのんびりほのぼのしたムードの作品をやらせてもらった。ゴマフアザラシのゴマちゃんが可愛い。
 ゴマちゃんは「キュー」としか喋らないのだが、声優のこうろぎさとみさんは隙あらば台詞を喋ろうとして、監督からNGを出されていた気がする。
 現在も交友があるワタナベシンイチ氏と出会ったのもこの作品。

たあぼうの竜宮星大探険(劇場)
 サンリオ作品。
 タイトルでは助監督になっているが、実際は撮出しのみを担当した。

1992年

念仏物語・えしんにさま(OVA)
 本願寺制作(西本願寺だったのか東本願寺だったのかはわすれました)の宗教アニメ。演出をやっている。小道具の設定や宗教的動作など結構大変だった。

うしおととら(OVA・助監督)
 少年サンデーに連載された人気作品。それまではほのぼの系の子供向け作品ばかりやっていたので、アクションが多いこの作品でかなり苦戦する。

サラダ十勇士トマトマン
 野菜や果物が登場人物のアニメ。絵コンテのみ1本をやっている。

少年アシベ2
 少年アシベの続編。内容も前作を踏襲。

地球SOSそれいけコロリン
 NHKのエコアニメ。絵コンテのみ2・3本担当。監督の高本宣弘氏はぎゃろっぷ時代の同僚。

1993年

マグマ大使(OVA)
 かつては特撮で有名だった。それのアニメ化。

ツヨシしっかりしなさい
 これはやっていて楽しく、生活芝居をやれたので勉強になった。自分の演出的にはこの作品がベースになっている。

桜木家の人々(教育物・監督)
 荒川区がん予防センターの出資で作った喫煙防止アニメーション。17分、小学生向け。打ち合わせをがん予防センターで行ったのだが、当然、喫煙できず、チェーン・スモーカーの私には辛かった。父親役で富山敬氏が出演している。各地の役所で貸し出ししているみたいです。

地球は友だちだ(教育物)
 外国人との付き合い方を説明したもの。
 詳細はこちらhttp://www.choubunsha.com/video/kankyo.htm

1994年

ぼくのはなし・わたしのはなし
 性教育や犯罪防止などの教育アニメ。絵本が原作。

1995年

ZENKI
 細かいところは思い出せない。絵コンテのみ1本の参加。

ぼのぼの
 これはやっていて面白かった。担当した話数では「風邪ひきシマリスくん」「やさしいアライグマくん」「誰が一番?」がボケていてお気に入り。大畑清隆氏と出会ったのもこの作品。

飛べイサミ!
 不思議なムードの少年探偵団もの?。黒天狗党が変で面白い。
 これも楽しかったなあ。

1996年

忍たま乱太郎
 末広東名義で絵コンテのみを2・3本やっている。

はじめ人間ゴン
 業界では「ビット・ザ・キュービット」に続く二番目のデジタルアニメ。しかし「子鹿物語」が80年代に一話だけデジタルで撮影されているので、厳密には三番目にあたる。ギャグで遊ばせてもらい楽しかった。

こどものおもちゃ
 演出を1本、絵コンテを1本やらせてもらっている。監督でもある東京アニメの先輩大地丙太郎氏と久しぶりに出会った作品。ギャグのようで意外に重い。

クレヨンしんちゃん(〜03年)
 自分にとって最も長くつきあった作品。色々と遊ばせてもらい勉強にもなった。枚数を気にせず演出できた初めての作品でもある。
 このころから同時並行で二本の作品をやり始めた。原恵一氏・水島勉氏と出会ったのもこの作品。

セイバーマリオネットJ
 この手のタイプは初めてだったので、おっかなびっくり仕事した記憶がある。
 コンテ演出を1本、演出のみを2本担当している。

1997年

ケロケロちゃいむ
はれときどきぶた(演出のみ)

1998年

マナーズランド(教育物・監督)
魔法のステージ・ファンシーララ
おるちゅばんえびちゅ(絵コンテ4本)
アリスSOS(演出のみ2本)
快傑蒸気探偵団(コンテ演出1本、演出1本)

1999年

ターンエーガンダム(演出6本)
 どこかほのぼのムードが漂う異色のガンダム。トミノ監督の技術を盗むため半分と、怖いもの見たさ半分で参加。監督には都合三回怒鳴られたが、そのうち二回はオレのせいじゃなかったりする(笑)。かなり勉強になったので元は取れた作品。

パワーストーン(演出2本)

2000年

犬夜叉(絵コンテ1本、演出2本)

2001年

ジャングルはいつもハレのちグゥ
シスター・プリンセス(絵コンテ2本半)
リアルバウト・ハイスクール(演出1本)
天使のしっぽ(コンテのみ1本)
ポケモン・クリスタル 〜ライコウ雷(いかずち)の伝説〜(Cパートのみ演出)

2002年

激闘! クラッシュギアTURBO(コンテのみ1本・演出2本)
七人のナナ(#19)
あずまんが大王(末広東名義で演出・絵コンテ1本)
ジャングルはいつもハレのちグゥ デラックス(OVA)(演出1本・絵コンテ1本)
★Happy World!(OVA初監督・全三巻)

2003年

クラッシュギアNITRO(演出1本)
D・C ダ・カーポ(#4#10 絵コンテ・演出2本)

2004年

★光と水のダフネ(TVシリーズ初監督#1#2#8#22#24絵コンテ)
★げんしけん(監督#1絵コンテ)
★くじびきアンバランス(監督)

2005年

エレメンタル ジェレイド(絵コンテ1本)
苺ましまろ(#4#10絵コンテ)
D・C ダ・カーポS.S.(#10絵コンテ)
灼眼のシャナ(#7#9絵コンテ)
焼きたてじゃパン(#54#64絵コンテ)

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